お散歩もりの

表彰台に立ってみたいという夢を追いかけて、オートバイ初心者があれこれするドキュメンタリーブログです。その他、観光情報や日常雑記も発信しています。

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眼鏡をかけない景色

[ 太宰治 短編小説 女生徒より ]

私は自分の顔の中で一番、眼鏡が厭なのだけれど

他の人にはわからない、眼鏡のよさもある。

眼鏡を取って遠くを見るのが好きだ。

全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいにすばらしい。

汚いものなんて、何にも見えない。

大きいものだけ。鮮明な、強い色。光だけが目にはいって来る。

 

眼鏡をとって人を見るのが好き。

相手の顔が、皆、優しく、綺麗に、笑って見える。

それに眼鏡を外している時は、決して人と喧嘩しようと思わないし

悪口も言いたくない。ただ、黙ってぽかんとしているだけ。

そうして、そんな時の私は甘えたくなって、心もたいへんに優しくなるのだ。

 

あがり症が少しずつ改善されてきました。このまま人前で喋ることに慣れていければと思います。YouTubeラジオはこのままのペースで続けてみます。いつも動画を見てくれてありがとうございます。コメントまでいただいて本当に感謝です。

 

【2021年3月3日 放送内容】

こんばんは、森野いぶきです。今回のオープニングは太宰治の「女生徒」という作品の一部を朗読しました。僕も眼鏡をかける人なんですけど、普段は全くかけてなくて
仕事中とか、運転中とか、必要な時にしかかけないタイプです。今回はその眼鏡についてお話をします。眼鏡をかけている人に質問なんですけど、その眼鏡はいつ頃からかけていましたか? 僕は小学校の高学年の時に黒板の字が見えなくなって眼鏡をかけるようになりました。なんかね、感覚的には昨日まで見えていたものが、ある日突然見えなくなってぼんやりとは見えるんだけど、何が書いてあるかはわからないレベル。こう目を細めると、かろうじて見える感じ。それを家に帰って話したら、すぐに眼鏡屋さんに連れて行かれましたね。おじいちゃんが眼鏡を買ってくれて、その眼鏡をずっと直し直し使ってたんですけど、数年前にいよいよ壊れてしまって自分で買い直したんですね。そしたら、すごい違和感なんですよ。鏡を見て「誰だこの人は」ってなっちゃって。でも、眼鏡をとって鏡を見るとそこには紛れもない僕が映っていて、これは一体どういうことなんだろうって。つまり、おじいちゃんが買ってくれた眼鏡っていうのはいつの間にか、僕の顔の一部になってたんですね。その一部が変わってるから、僕なのに僕じゃない感じがして、ひっかかってたんです。新しいメガネに慣れるまですごーく時間がかかりました。今でもなんだか寂しい感じではありますね。眼鏡を変えるというのは、色々意味での一大イベントでした。

 

最初に戻るんですけど、故に僕には太宰治の女生徒がすごく刺さりましたね。読みながら「うんうん」って頷く感じ。でも、眼鏡をかけてる人が読むと、多分全員が共感する内容だと思います。勿論、その部分以外も、主人公の女の子が可愛らしくて好きなんだけど、純文学って好みがすごく別れると思うから合う合わないは人それぞれですよね。僕は好き。ぶち好き。あ、ちなみに、壊れた眼鏡はケースに入れて大切に保管しています。思い出的なあれだよね。そうそう、最近あがり症が少しずつだけど改善されてきたのかなぁという気がしています。それが、某人狼ゲームをやってても前みたいに声が上ずったり、どもったりしなくなったし、自分の意見をきちんと発言できて、伝えることができるようになった。リアルでも「お箸は一膳でいいですか?」って聞かれた時、前なら「はい、一膳でお願いします(高い声)」だったのが、最近は「はい、一膳でお願いします(普通の声)」みたいに言えてやっぱり嬉しかったですね。進歩したなーって。突発的に始めたYouTubeラジオ。誰かが聞いてくれるかもしれないって思いながら録音するのはすごく緊張したけど、この動画を投稿し始めて良かったなぁって今は思います。何より本当に動画見てくれて、いや聴いてくれてだね。聴いてくれて嬉しいし、コメントなんかもいただいて時間を割いてくれてありがとうございます、大変恐縮です。こうした方がいいよとかあったら、ぜひ教えて下さい。並行して、バイクの動画ものんびりと撮っていきます。暖ったかくなってきたから、色んなところへ、お散歩してみたいです。それでは、お時間となりましたので今日はこの辺で。お相手は森野いぶきでした。最後まで聴いてくれてありがとうございました。じゃあね。